[日吉丸 小六の出会い]
三河岡崎の矢作橋の上で、行脚に疲れた日吉丸が前後不覚に寝入っていると、通りざまにその頭を蹴って行く 者があった。橋板を踏み鳴らしてやって来た小六の一行である。「やいやい、よく気をつけて歩け!ここを通るなら、
目をあけてお辞儀して行け」眠りを起こされた日吉丸は、起きあがって、向こう見ずの勇ましいたんかを切った。 当時無頼でならした小六であったが十二、三歳くらいの子供の胆力に負けて、足蹴にした無礼を詫びた。 そうして、向こう意気は強いがまだ幼い日吉丸に、小六もひとかたならない関心を寄せた。
[熊谷次郎直実 敦盛を呼び戻す]
一の谷合戦で西の城戸に一番乗りした熊谷次郎直実は、沖の軍船に馬を泳がせ逃れ行く一人の武将を見つけた。
鶴の縫い取りをした直垂に萠黄匂いの鎧を着て、鍬型打った兜、金覆輪の鞍を置くといった姿は、一目で身分のある
将と悟り、扇を高くかざして、「敵に後ろを見せらるるとは見苦しや。返させたまえ、返させたまえ」と呼ばわった。
その声にいさぎよく引き返し組討ちとなり、熊谷が組伏せて首を掻こうとしたが、相手が十五、六歳の薄化粧も匂う
ような美少年であったので躊躇したが、味方が近くまで来ていたので見逃す訳にも行かず若武者を討ってしまった。
討たれた若武者は平敦盛十七歳であった。その後、直実は武門の無情を感じ、髪をおろして高野山に登った。 |
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