そ〜りゃあそ〜りゃあそ〜りゃあ       えんや〜えんや〜



大阪・泉州地方は毎年9月の岸和田・旧市地区だんじり祭りを
皮切りに10月中旬まで各地で秋祭りが執り行われ
「だんじり」や「やぐら」が曳行されます。

牧野は関西空港の対岸に位置する大阪府泉南市信達地区に在り、
毎年10月の第1日曜に祭禮パレード、第2土、日曜日に本祭りが
執り行われ「やぐら」が曳行されます




                                  <牧野の風景>

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牧野のやぐらの起源は、江戸時代、享和元年(1801年)頃より
豊年豊作を祝って秋祭りにやぐらを曳き始めたのが起こりとされて
います。

先代のやぐらは昭和7年に新調で、有名な彫師の作だそうです。
ということは、牧野は少なくとも、先々代のやぐらが在った、
さらに3先代以前のやぐらが在った可能性も有りますが、
今となってはその足跡を辿るすべは有りません。

このやぐらは、大阪府泉南郡岬町淡輪の個人に譲渡されたと
聞いています。

<先代のやぐら>
この写真はJR和泉砂川駅上「酒処やぐら」さんより、ご提供頂き
ました(感謝)      

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現在のやぐらは平成12年に新調され、同年9月30日に
入魂式が執り行われました。
やぐらでは初となる入母屋、扇垂木(大屋根)の屋根、
やぐらそのものもたいへん大きくなり、彫物もガラッと変わり、
先代と比べて感じがかなり変わりました。

牧野の見所は、なんと言っても「JR和泉砂川駅前回せ!」でしょう。
宵宮の「牧野」「市場」「大苗代」の3区連合曳き(信達パレード)、
3台会わせ、提灯を灯してゆっくりゆっくり練り歩く夜の灯入れ曳行も
情緒が有ります。

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                                  <現在のやぐら>
牧野の氏神様は金熊寺に在る信達神社になります。
往時は牧野から約4キロ離れた信達神社まで宮入に行き、
参道の石段を上り下りしたそうです。

現在は地理的状況や交通事情の関係で宮入は行っていません。



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<信達神社(大阪緑百選に選ばれています)>
<境内に在るナギの木は天然記念物に指定されています>
牧野の紀州街道沿いに在る往生院です。
本宮の午後、この山門の前にやぐらを停め休憩します。
「座入り」と言います。

境内では、古式ゆかしく御座(宮座)が開かれます。
大盃になみなみと注がれたお酒を一気に飲み干す「納盃」は
大変キツイそうです...私は参加しませんが(^^ゞ

2010年度より御座(宮座)は区民センターでの開催になりました



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旧街道沿いに在るお旅所跡です

惣社金熊権現祭華やかなりし頃、金熊寺の信達神社から、
樽井浜への神輿渡御のおり、ここで休憩、宿泊したそうです。

この鳥居(信達神社 一の鳥居)はもともと、もう一つ下の
交差点(通称:おんどり)に在り
ましたが現在はここに移設
されています。






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牧野のやぐら部屋です

以前は反対側に在り、木造土壁の部屋で、所々壁が崩れていて子供の時はよく覗きこんだり、中に忍び込んだりしたもんですが今はできませんね(^^ゞ




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牧野には紀州街道が通っています。
牧野と岡中の町境、長山峠に在る馬頭観音様は
熊野古道で有名な熊野九十九王子の一つ一ノ瀬王子社跡だそうです。
遥か悠久の昔、いにしえ人が熊野詣でに通った道、沿道の風景は
変わっても、街道は今も往時を感じさせてくれます。

この紀州街道は熊野街道とも呼ばれています。
また、小栗判官が通ったことから「小栗街道」とも呼ばれています。
近年、熊野古道がスポットを浴び、この旧道には「熊野街道」という
立札やオブジェが設置され往時を偲ばせています。


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泉南市内には随所に桜の見所が在ります。
JR和泉砂川駅はかつては桜の名所として有名だった
そうです。
他にも地元では、和泉砂川駅上の中ノ池付近、

アイピア泉南付近等々、たくさんの桜の木が植えら
れていて、春は目を楽しませてくれます。



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